2007年09月08日
「撮テツ日記-⑫」(“旧産炭地”の巻。)
折りしも、今週末は“旧産炭地:夕張”で
「32年ぶり」に“蒸気機関車”が走ります。
残念ながら当方は、「諸般の事情」で
行く事が出来ないのですが、
天気予報では、「台風直撃」とのことで
無事に走れるか心配です。
(南太平洋発、オホーツク海行き“台風9号”が、
通過・オーバーランしてくれる事を願う!)
“美唄2号機”がある旧東明駅舎を、
更に山の方へ進むと、炭鉱跡地に
「炭鉱メモリアル森林公園」があります。
(鉄道関連の物は現存していません。)
現在は森林公園として綺麗に整備され、
当時の炭鉱施設がいくつか保存されています。
出身地である“美唄”に住んでいた頃は、
「廃墟」で“通称:ガロー”と呼ばれ「肝試しのメッカ」でした。
特に、、、、
「炭鉱病院の手術室の壁には血のりがついていて・・・・・」
などと、「都市伝説」ならぬ「田舎伝説」がありました。(笑)
公園内に、とても興味深い案内板を見つけました。
それには、当時の配置図と写真が載っています。
平面図の右下に「私達の大好きな(?)“転車台”」が・・・・
写真でも、川の近くに“その存在”が確認できます。
学生時代(当時は非鉄)「肝試し」に行った時、
「鉄道施設や線路が現存していたかどうか?
記憶が定かでない。」のが悔やまれます。(泪)
現在も残る施設(上・下風坑と原炭ポケットと橋)から
“転車台”があったと思われる場所を推定し、撮影しました。
⇒昭和の時代、「繁栄から衰退、そして閉山した炭鉱」
“この場所”に来て、「車輌や駅舎」を見る以外の
「鉄道の楽しみ」をほんの少しだけ理解しました。
2007・8・16 撮影
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